樟科 桂譜
引用
『樟科 桂譜』(名古屋大学附属図書館所蔵)「伊藤圭介文庫 錦窠図譜の世界」収録(https://da.adm.thers.ac.jp/item/n002-20230901-11868)
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ID
M2005033017540230507
コレクション内カテゴリ
- 錦窠植物図説
書名
樟科 桂譜
別タイトル / 旧書名
Vol. 094 樟科 桂譜
巻次
094-026
本文言語
日本語
翻刻・翻訳
桂、黄者名金桂、紅者名丹桂、有秋花者春花者四季花者逐月花者、其皮薄而不辣、不堪入薬、惟花可収茗浸酒塩漬及作香茶髪沢之類耳、釈名●恭曰、箘者竹名、此桂嫩而易巻如筒、即古所用筒桂也、筒佀箘字後人誤書為箘、習而成俗亦復因循也●時珍曰、今本草又作従草之菌、愈誤矣、牡桂為大桂故此称小桂、天竺桂●珣曰、天竺桂生南海山谷、功用佀桂、其皮薄不甚辛烈●宗奭曰、皮与牡桂相同、但薄耳●時珍曰、此即今閩粤淅中山桂也、而台州天竺最多故名大樹繁花、結実如蓮子状、天竺僧人称為月桂是矣、詳月桂下、月桂●蔵器曰、今江東諸処毎至四五月后晦多子衢路間得月桂子、大于貍(頭、訂正)豆、破辛香、古老相伝、是月中下也、余杭霊隠寺僧種得一株、近代詩人多所論述、洞冥記云、有遠飛雞朝往夕還、常〓桂実帰南土、南土者月路也、故北方無之、山桂猶堪為薬、況月桂乎●時珍曰、呉剛伐月桂之説起于隋唐小説、月桂落子之説起于武后之時、相伝有梵僧、自天竺鷲嶺飛来、故八月常有桂子、落于天竺、唐書亦云、垂栱四年三月有月桂子降于台州、十余日乃止、宋仁宗天聖丁卯八月十五夜月明天浄、杭州霊隠寺月桂子降、其繁如雨、其大如豆、其円如玉、其色有白者黄者黒者、殻如萸実味辛、拾以進呈寺僧種之、得二十五株、慈雲式公有序記之、張君房宿銭塘月輪寺、亦見桂子紛如烟霧回旋成穂、墜如索牛子、黄白相間咀之、無味、拠之則月中真若有樹矣、竊謂月乃陰■其中婆々者山河之影、爾月既無桂、則空中所墜者何物耶泛観群史有雨塵沙土石、雨金■銭汞、雨絮帛穀粟、雨草木花薬、雨毛血魚肉之類、甚衆則桂子之雨、亦妖怪所致非月中有桂也、桂生南方故惟南方有之、宋史云、元豊三年六月鐃州雨木子数畝状如山芋子、味辛而香即此類也、道経月桂謂之不時花、不可供献●大和本草曰、天暦ノ御時震旦ヨリ渡タル僧長秀ト云、五條西洞院桂之宮ノ前ニ大ナル桂木アリケレバ、桂ノ宮トゾ人云ケル、長秀枝ヲ切セテ唐ノ桂心ニハマサレリト云△今按ニ日本ニモ桂処々ニアリ、性頗ヨシ、葉モ木モダモノ木ニヨク似タリ、糞ヲイム、順和名欽桂ヲシテカツラト訓スヲカツラハ楓ナリ、カヘデニハアラス△今按ルニ日本所在ノ桂葉柿ニ似テ縦ノ文三道アリ、是箘桂也、実ヲ植ベシ△俗呼為木犀モノ、本草所謂巖桂也、コレ木犀ヲモ桂ト云△今按ニ天竺桂
所蔵機関
名古屋大学附属図書館
メタデータ提供者
名古屋大学附属図書館
資料種別
和古書
画像有無
カラー
コレクション
伊藤圭介文庫 錦窠図譜の世界
日本における近代植物学の祖といわれる伊藤圭介の稿本(手書き本)188冊を集めたもので、その中には、錦窠植物図説、採草叢書の他、錦窠魚譜、錦窠虫譜等があります。
所蔵機関
名古屋大学附属図書館
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