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人体組織図

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名古屋大学博物館

この画像アーカイブは、名古屋大学大学院医学系研究科から名古屋大学博物館に2010年に移管された人体組織図コレクションの一部で、名古屋大学医学部創基150周年記念事業の一環として制作された冊子『名古屋大学人体組織図譜』(作者:木戸史郎、編集著者:木山博資・門脇誠二)に掲載されたものです。組織図の原画は全体で435点あり、名古屋大学博物館において資料番号NUM-Lp002のシリーズとして収蔵されています。     
人体組織図コレクションの説明として、下記に『名古屋大学人体組織図譜』の出版経緯と、木戸史郎画伯の紹介文を掲載します。

 

名古屋大学人体組織圖譜出版の経緯


 私は名古屋大学に着任する以前に、3つの大学で組織学や肉眼解剖学の教育に携わって参りましたが、2011年に名古屋大学の機能組織学(解剖学第二)に着任した時に、学生実習向けの組織標本の素晴らしさに大きな感動を覚えました。しかも教科書として使われている「組織学」(南山堂)の写真や図譜とほぼ同じ場所を探せるスライドが実習に使われていることに驚きました。さらに、教科書等で一部用いられた古い組織図が多数残されており、これらは間違いなく名古屋大学の素晴らしい財産であると同時に、名古屋大学の学生はなんと幸せなのだろうかと思いました。     
これらの図は、私の4代前の教授であった戸苅近太郎教授(第二解剖教授在任1933-1960)のご指導のもとに、画家の木戸史郎氏(名古屋大学在職 1938年〜1969年)が描かれたものであり、これらの図の一部を用いて教科書「組織学」は1954年南山堂から出版されていたことを知りました。     
木戸史郎氏は退職後の1972年に第13回CBCクラブ文化賞を受賞されており、その時の表彰において、「医学教育のなかで、図譜の作成に顕微鏡の果たしえない領域を、人間の目が開発したという事例はすくない。しかしそれをなしとげ、学会を驚嘆せしめ感謝を一身に集めた人、それはあなたです。」という言葉が贈られております。     
このような木戸史郎氏が名古屋大学に残した組織図を、医学教育に関わる無二の財産として名古屋大学博物館への移管と保存を進められたのは、機能組織学(解剖学第二)の第4代教授杉浦康夫教授と小林身哉助教授でした。両先生は、当時名古屋大学博物館で研究員をされていた野崎ますみ先生と協力して組織図のデジタル化を行い、原画は名大博物館に2010年に移管されました。その後、これらを出版するための資金を探しておりましたが、なかなか話が進展いたしませんでした。このような状況のなか2021年になり、とある宴席で当時の研究科長の門松健治先生、名古屋大学医学部創基150周年記念事業の委員長だった現研究科長の木村宏先生にお話ししたところ、創基150周年の記念事業の一つにしたらどうだろうとのご提案をいただき、寄付金の一部をこの出版に充てるご許可をいただきました。これにより一気に図譜出版の話が進み、別の創基150周年事業として木戸史郎氏の展示会を企画していただいていた名大博物館の門脇誠二先生と一緒に図譜の編集を行うことになりました。原画435点が現存しおりますが、その中から160点を取りまとめたものがこの「名古屋大学人体組織学圖譜」であります。本圖譜は学術的な価値と同時に芸術的な価値を兼ね備えたもので、名古屋大学医学部創基150周年を期に、今後も長く伝えていくべき名古屋大学の財産であります。     
最後に、本圖譜を編集するにあたり、杉浦康夫先生と小林身哉先生、野崎ますみ先生の熱意が本書出版の礎になったことを申し添え深甚なる感謝の意を表し、また編集の過程で現在組織学担当の技術職員の浅野文子氏と名古屋大学博物館研究員の渡邉綾美氏にご尽力いただいたことにも謝辞を申し上げます。

令和4年4月      
名古屋大学医学系研究科 機能組織学(解剖学第二)     
木山博資


組織図を描いた木戸史郎画伯 1900年(明治33年)~1986年(昭和61年)


木戸史郎氏は、愛知県渥美郡生まれの洋画家です。東京都小石川の川端画学校で学んだ後、名古屋にアトリエをかまえて制作を行いました。地元、伊良湖岬の浜椿など、自然や風景を多く描き、名古屋の丸善画廊などで個展を開きました。木戸氏の作品の一部は、渥美郷土資料館に収蔵されています(田原市博物館編 2012)。     
画家としての活動の傍ら、木戸氏は1938年(昭和13年)に愛知医科大学(現名古屋大学医学部)の解剖学教室に技術官としてつとめ始めました。そして、医学部の戸苅近太郎教授の依頼により、組織図を描きました。     
木戸氏は画家としての才能を活かし、写真では表現できない色彩豊かな組織図を毛筆によって描きました。それは世界にも類を見ない精密な組織図でした。その制作の様子を子供の頃に見ていた木戸氏のお嬢様によると、片目で顕微鏡をのぞきながら右手が生き生き動いて図が描かれていく様は「不思議でならなかった」そうです(CBCクラブ編 1985)。木戸氏によると、1枚の図を描くのに長いもので4~5日かかり、短いものでは1日くらいだったそうです(CBCクラブ編 1972)。     
木戸氏は、1969年(昭和44年)に名古屋大学を退職するまでの30年あまりの間、約500枚の組織図を描きました。その間、日中戦争から太平洋戦争にかけては徴兵され、応召兵として厳しい境遇も経験されました。     
組織標本の顕微鏡像を的確に描写した木戸氏の水彩画は、戸苅近太郎教授による教科書「組織学」(1954年、南山堂)に掲載されました。この書籍の序文で、戸苅教授は以下の様に書いています。     
「由来 組織学は基礎医学の基礎をなすと言われる解剖学の根幹をなすものであって、組織学を理解せずして解剖学・病理学などの基礎医学はもちろん、臨床医学の真諦にふれることは出来ないと言っても過言ではなかろう ・・(中略)・・挿図に用いた組織標本は三十年来、名古屋大学医学部解剖学教室で学生諸君の供覧用または実習用に使ったものを、木戸画伯に忠実に描写してもらったもので一部を除く他は人体によった。・・(後略)」     
戸苅教授の「組織学」に挿図として掲載されたことにより、木戸史郎による組織図は、全国の多くの医学生の教育に貢献することになりました。     
木戸史郎氏は、解剖組織図を世界的水準にまで高め、医学教育に貢献するとともに、地方文化向上に尽力したことにより1972 年に第13 回CBC クラブ文化賞(くちなし章)を受賞しました。     
この組織図の原画435点は現在、名古屋大学博物館に収蔵され、名古屋大学の医学教育の歴史を伝える資料として展示などに利用されています。     
最後に、本圖譜作成にあたり木戸史郎画伯に関する貴重な文献をCBCクラブ事務局長の酒井喜久治様からご提供いただき、そこから戸苅近太郎教授と木戸史郎画伯の写真を本書に転載させていただきました。ここに記して感謝申し上げます。

名古屋大学 博物館     
門脇誠二

参考文献     
CBCクラブ編(1972年2月25日出版)『CBCクラブ通信』No. 137、     
CBCクラブ編(1985年2月1日出版)『黙もく 一芸一能:それはあなたです CBCクラブ文化賞の二十五年』、中部日本放送     
田原市博物館編(2012年10月27日出版)『田原市渥美郷土資料館 平成24年度 秋の企画展 郷土ゆかりの画家たち』、田原市博物館     
戸苅近太郎(1954年出版)『組織学』、南山堂     
 

利用については名古屋大学博物館のページをご覧ください。

 


サムネイル画像は、『毛 (人,頭皮横断) 上部 H-E染色 ×200』(名古屋大学博物館所蔵)「人体組織図」収録(https://da.adm.thers.ac.jp/item/n011-20230901-00201)より