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蕁麻科 楮栲譜

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"蕁麻科 楮栲譜" owned by Nagoya University Library, retrieved from Ito Keisuke Collection(https://da.adm.thers.ac.jp/en/item/n002-20230901-13346)
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ID
M2005033018273331987
Collection category
  • 錦窠植物図説
Title
蕁麻科 楮栲譜
Other title
Vol. 107 蕁麻科 楮栲譜
Volume
107-078
Language
Japanese
Translation
事ども物に見えたれば、両時ともに綿種を持ち来りしなるべし、たゞこの時を綿種再伝の始とするはうけがたし、其は既に室町殿日記の永禄四年(文禄元年より先つこと三十一年)の事を記せる条に木綿一反代二百文と見え、又天正文禄以後は木綿々子木綿袴木綿足袋等盛に行はれしさま、当時の諸書に見えたるにて明らかなり、もし文禄年中に始めて種子を伝へしものならんには、それより前に木綿の此く諸国に行はるゝいはれ必らず有まじければなり、(或人日く庭訓往来(後醍醐天皇の比の人玄恵法師の作なり)に花終木綿等云々、或は木綿肚脱など見江たれば紀元二千年比より前に、既に綿種は渡れるならずやと云へり、おのれ思ふに、その比綿種を植えし事も木綿を織りし事も物に見えず、且つこの文は僧服のことをいへる条なれば、支那などより舶載せる木綿布をいへるものなるべし、暫く記して後の考を待つ)この後々光明天皇の承応年中明の僧隠元化帰の際にも綿種を齎し来れりと云伝へたり、この比ハ全国既に綿種を殖ゑざる所なきに至れる時なるべけれども、此比よりや一層盛んに世に行はれしものなるべし、以下述ぶる所によりてモメンの木質及び綿種の伝来等は大かた明らかなるべければ、同じく木綿の文字を用ゐれども、上古のユフ(傍線)と今世のモメン(傍線)とは全く別種別物にして、その用法も亦異なることをさとるべし、(終)/高倉宮の御終の事は、既く源平盛衰記に見えて定れる如くなれど、又異なる説なきよしもあらず、すべてかゝる事は安徳天皇護良親王の御ゆくへの事など諸国にさまさまの伝説あれば、かきあつめて考へ正さばやと思ふ折しも、宮城県刈田郡遠苅田の金峰允文ぬしよりこの稿をおこせられたれば左に掲るなり/以仁王遺跡考 岩代 宮城三平/人生無根帯飄如陌上塵分散追風転此身非常身と陶淵明の詩に見えたる、うべなるかな越の国蒲原郡東山といふ里に高倉宮以仁親王の御墳ありときけど、■の世のことにまつはりて、むなしく年月を過しつるに、此度はからずも小学/(雑誌切り抜き「ユフとモメンとの弁 並に綿種渡来の事 東京 東宮鉄麿」続き)
Original Owner
Nagoya University Library
Source
Nagoya University Library
Material type
JapaneseClassicalBook
Image
colour
Collection

Ito Keisuke Collection

The Ito Keisuke Collection belonging to the library attached has a collection of 188 manuscripts by Keisuke Ito, who is called the father of modern Japanese botany.
Original Owner
Nagoya University Library
Rights
Metadata Rights
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